富士山の自然環境と植物

中野隆志


 富士山は、日本の中部山岳域の高山とは非常に異なった特徴を持っています。1.富士山は火山であり、火山性噴出物からなる高山であること、2.現在の富士山が出来上がったのが約1万年前で山の歴史が非常に新しく最終氷期以降に形成された高山であること(最新の噴火は宝永の噴火で1707年)、3.標高が著しく高いこと、4.周りに山がない独立峰であること、5.山容が単純であること、6.標高0から3776mまで連続した斜面が続いていること、7.山の歴史が新しい火山であることで土壌の形成があまり進んでいないこと、8.スコリアは黒色のため土壌表面や土壌付近の大気温は高温になること、9.土壌の形成が進んでいないことと溶岩やスコリア堆積物のため土壌が乾燥しやすいこと、10.太平洋側にあるため、降雪が少ないこと、11.高山帯では強風が吹くこと、12.降雪が少ないのと強風が吹くことで積雪が少ないことなど、数え上げれば切りがないほど、他の山の持たない特徴を持った山です。

 他の山岳にない特徴を数多く持つ富士山は、その特異性から、他の山にない富士山を特徴づける特異な生態系を多く持っています。富士山五合目付近から上部のスコリア荒原上の草本群落や矮性低木群落、テーブル上になったカラマツ、五合目付近のスコリア上や溶岩上のカラマツ林やカラマツ林床化にマット状に生育するコケモモ、ギザギザになった森林限界と半島状に上昇している森林、北麓の溶岩流上に成立している青木ヶ原樹海と呼ばれる、ヒノキ・ツガ林、天然記念物に指定されている山中のハリモミ林、剣丸尾溶岩流上のアカマツ林等々、数え上げれば切りがないほど他の山岳ではあまり見られない生態系を持っています。また森林限界は現在も動いているのが富士山の特徴であり、また富士山の自然の魅力であると思います。
富士山には、いわゆる高山植物と呼ばれる植物は非常に数が少ないのが特徴です。大きな理由は二つです。一つめは、山の歴史が新しいことです。富士山が現在の形になったのは、約1万年前と言われており、最終氷期の後に出来た山です。一方、北アルプスなど現在様々な山岳の高山に生育している高山植物は、最終氷期(ウルム氷期)に低地まで広がったものが、暖かくなり高い山に残った植物たちだといわれています。したがって最終氷期以降に出来上がった富士山には、残存形の高山植物は見られません。もう一つの理由は、富士山が独立峰であることと、歴史が新しく火山性噴出物が溜まった、乾燥した栄養塩の乏しいスコリア荒原が広がっていることです。

富士山に高山植物が定着するには、二つの大きな関門があります。富士山の高山帯を低地という海に浮かんだ無人島だと考えるのがわかりやすいかもしれません。無人島に人が定着するには二つの関門があります。一つは、無人島に人が流れ着くこと。もう一つはそこで生きていけるだけの資源があることです。富士山は火山で独立峰であり、周りに高山がありません。したがって周りの高山帯から種子が長距離離れた富士山に飛んでくる必要があります。これが第1関門です。次に、仮に種子が飛んできてもその種子が発芽し、富士山で定着して子孫を残していけるようにならなければ富士山の植物として認められないでしょう。富士山の高山帯は、未だ土壌がほとんど無いスコリア荒原が広がっています。したがって、植物の定着には非常に困難な環境にあります。これが第2の関門です。山梨県環境科学研究所はもちろん、多くの研究者や学生が、富士山の魅力(魔力?)に魅入られ現在も研究を行っています。

富士山で起こっていること。
富士山五合目にはセイヨウタンポポやヨモギ、オオバコなどスバルラインに伴う侵入者達がいます。侵入者達は、その土地の本来の生態系に大打撃を与えているハワイのストロベリーグァバやフォウンテングラス、小笠原諸島のアカギなど海洋島の侵入種と比較すると、スバルラインの道路沿いや駐車場付近にしか存在せず本来の植生に大きな影響を与えていない分ましな方と言えるかもしれません。しかし、もともと存在していなかった植物ですから当然存在しない方が良いでしょう。新しい種類が侵入しないか、侵入範囲が拡大しないかなど、侵入種については、今後、注意深く観察していく必要があると思います。島のように海に囲まれた閉鎖系の場合にはいろいろ対策をたてられるかもしれません。しかし、大勢の観光客の来る富士山五合目では侵入者に対する対策は難しいものです。現在、スバルラインの道路沿いでしか見られないのがせめてもの救いでしょうか。また、最近五合目付近で鹿によると思われるシラビソの若木の剥皮が見られるようになりました。ニホンジカも五合目の侵入者と言って良いでしょう。

 ところで、富士山の自然に最も影響を及ぼしている侵入者は、なにものでしょうか。答えは簡単ですね。そうです。言うまでもなく我々人間です。一見豊かに見える富士山の自然も、三合目以下はほとんど人手が加えられています。



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