ビンズイとカラフトビンズイについて

北海道北見市 花 田 行 博

 私の標識調査はビンズイだけを対象としたバンディングをしてきました。調査中ビンズイ以外の珍しい鳥が捕れても、なんだ雑種が掛かったのかぐらいで、それ程うれしくはありません。一番うれしいのはその日の朝、50羽以上ビンズイ捕獲できたときがものすごく喜びを感じます。
 以下、長年ビンズイを捕獲しいろいろ分かってきたことを、今年の4月ALULAに投稿するため書きました。その投稿したものを転載しご紹介します。

 亜種カラフトビンズイは本当にいるのか?
 結論から先に言おう。北海道に棲息するのは、すべて亜種カラフトビンズイAnthus hodgsoni yunnanensisである。北海道ばかりではなく、日本全国に棲息するビンズイもすべて亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisであると私は思っている。この結論に至ったのは、Per Alstrom and Krister Mild著Pipits & Wagtailsの本に描かれている図版と写真を基に調べた結果である。またこの本を持参し、山階鳥類研究所の標本室を訪れビンズイとヨーロッパビンズイを閲覧し、その結果からの結論でもある。
 文献、図版、写真図鑑
ビンズイに足環を着けながら、カラフトビンズイは捕れないかいつも注意していた。仕事を退職した機会に、これまで捕獲したビンズイの写真や各種の文献を読み自分なりのビンズイについて整理してみた。
 日本で発売されている図鑑で、亜種ビンズイA.h.hodgsoniと亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisの説明がされている図鑑はないに等しい。私の知る限りでは、清棲幸保1978.増補改訂版日本鳥類大図鑑と大西敏一解説・真木広造写真・日本の野鳥590だけであった。しかしこの2種が掲載され比較できる写真や図版が載ったものは見つけることができなかった。日本にはなかったが海外で発売された本の中で、この2種について写真と図版が載った本はある。2003年発売Per Alstrom and Krister Mild著Pipits & Wagtailsという本であるが、この本には両種のビンズイについて描かれた図版と写真が載っている。また測定値と2種の違いが書かれたLars Svensson著Identification Guide to European Passerinesもある。
 山階鳥類研究所の標本にて
 鳥研の標本室には今回で3回目である。いずれもビンズイのみ閲覧してきた。1回目は亜種ビンズイA.h.hodgsoniと亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisの違いを確認に行った。この時は見ても違いがわからなく、気持ちがすっきりないまま帰ってきた。2回目は下尾筒の色の違いで♂♀が判定できないか見た。この時も下尾筒の色が色あせて、色の違いがわからなかった。3回目は今年の2月、亜種ビンズイと亜種カラフトビンズイの違いを、本腰を入れ一日中かけ検証した。
 ビンズイの標本は230体以上あった。写真もある程度撮影するため、全部を検証するには時間がなく、すべてを確認したわけではない。標本にはビンズイとかカラフトビンズイと記載されたラベルがひもで結ばれている。やはり最初に見たときと同じく、背の縦斑での識別は無理と思われた。どの標本もPipits & Wagtailsの本にある図版と写真の亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisであり、どれもが北海道のビンズイと変わりはない。230体ほどある標本の中に、おおこれは?というのが数羽あった。よく見るとそれは幼鳥の個体である。
 その年生まれたビンズイは完全換羽して渡る。完全換羽前の幼鳥は背の縦斑が濃い。この幼羽を見誤れば亜種ビンズイA.h.hodgsoniになるので注意が必要。たくさんある標本の中に、このような完全換羽前の背の縦斑が濃い幼鳥が数羽いたのだ。
したがって私の見た限り、山階鳥研のビンズイ標本の中に亜種ビンズイA.h.hodgsoniは存在しない。
 ヨーロッパビンズイの標本の中に
 ヨーロッパビンズイについても興味があったのでこの標本を見た。この標本は全部で5体ある。その中の1体だけ目を釘づけにした個体があった。この個体はヨーロッパビンズイではない?何の鳥?
 帯封を外し中のラベルを確認する。1902年インドで採取されたものである。すでに100年以上たっている標本だ。ラベルにはAnthus trivialis trivialis(ヨーロッパビンズイ)と記されていた。それとは別に鉛筆で書かれたメモ書きがラベルとして付いていた。その鉛筆書きは『脇の縦斑が太いのでビンズイAnthus hodgsoni だと思う 森岡(照)』と書かれていた。おおこれは間違いなく亜種ビンズイA.h.hodgsoniだと私も思った。
 それにしてもこれを発見した森岡(照)という人はすごい人だ。どういう人なのか私は知り得ないが、230体以上あるビンズイの標本とは別な場所からこの標本を見つけだしたのだ。この標本を見て私もビンズイだと思ったし納得した。山階鳥研の標本室には亜種ビンズイA.h.hodgsoniはこれ1個体しか存在しなかった。それも、ヨーロッパビンズイの標本の中に紛れていたのだ。
 国立科学博物館のビンズイ
 2008年2月、東京新宿にある国立科学博物館を訪れた。ここの博物館にもビンズイの標本がある。数は少ないが背の縦斑によって亜種ビンズイA.h.hodgsoniと亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisに分けられているようだ。たしかに背の縦斑が濃いのは亜種ビンズイA.h.hodgsoniとなっており、縦斑が薄いのは亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisとなっていた。この程度の色の濃さではPipits & Wagtailsの本に描かれている図版と写真によれば、すべて亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisである。ここの国立科学博物館でも亜種ビンズイA.h.hodgsoniは存在しなかった。
 ロシアでは
 この原稿を書いているとき元鳥学会会長の藤巻裕蔵先生よりロシアのビンズイについてご教示いただいた。送っていただいたメールの一部を紹介すると『 Nechaev & Gamova (2009)の「ロシア極東鳥類目録」では,すでに北海道,千島,サハリンのビンズイは亜種カラフトビンズイAnthus hodgsoni yunnanensisであるとしています.さすがネチャエフはよく見ているとおもいました.この目録の和訳は「極東の鳥類28」として来年発刊の予定です.すでに,ネチャエフ博士から日本語版への「まえがき」をいただいており,訳を始めています.』とのこと。ロシアでは2009年からカラフトビンズイA.h.yunnanensisとしたようだ。
 さらに藤巻先生から送られてきた「ロシア極東鳥類目録」の一部を紹介すると、
『 極東における生息状況:繁殖し渡りをする亜種.
分布:繁殖分布.ロシアにおける種の全分布域,またモンゴル北部,中国北東部,北朝鮮,北海道.極東ではコリマ川流域とシェリホフ湾(オホーツク海北部沿岸)から南は中国とのロシア国境まで(アムール川上・中・下流域,沿海地方を含む).島ではサハリン,モネンロン島,シャンタル諸島,千島列島(国後,択捉,色丹,占守)など.カムチャツカ半島の北はシャマンカ川,トィムラト川まで,パラポル川沿い南部とコリャーク高地では局所的.南アジア,東南アジアで越冬.分類上のコメント.日本(本州,四国),朝鮮半島には亜種A. h. hodgsoni Richmond, 1907が分布 するという見解(日本鳥類目録編集委員会 2000,Dickinson 2003)がある.』となっていた。
 本州と四国のビンズイはどっち?
 私が本州でのビンズイ捕獲調査に参加したのは2003年7月である。山中湖で調査している原徹氏チームのご好意により、静岡県裾野市須山浅木塚で網場を開設していただいた。この時は2羽捕獲できた。2羽見たが北海道と変わりない。
 次にビンズイを観察したのは2007年5月、四国は愛媛県の石鎚山を登山したときである。この山の7合目付近でビンズイがさえずっていた。捕獲はできないので、近くまで寄り双眼鏡で背の縦斑を確認した。このビンズイも北海道と同じと思った。
 その他、テレビで放映された自然番組などもDVDに録画し映像もある程度見た。映像ですべて確認できるわけではないが、確認できる範囲ではすべて北海道と変わらない。
 日本で販売されている写真図鑑もいろいろ見たが、すべてカラフトビンズイA.h.yunnanensisである。
 その他、国外に行ってビンズイを捕獲した方々から、そのとき撮影された写真もいただいた。ロシア・マカダン、サハリン、カムチャツカ、モンゴル、韓国、など。いただいた写真すべてが亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisであった。
 私は日本各地で調査したわけではないが、現時点で日本中のビンズイはすべて亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisと思っている。
 基亜種ビンズイはいったいどこに棲息するのか?
 Per Alstrom and Krister Mild著Pipits & Wagtailsの本に分布図が掲載されている。この本によると日本では東京以南、おおむね北緯36°から南に亜種ビンズイA.h.hodgsoniが棲息していることになっている。国外では台北、フィリピン、インドネシアの一部、中国の一部、香港、ベトナム、ラオス、タイ、カンボジア、ミャンマー、インドとなっている。山階鳥研にあった1個体の標本ビンズイA.h.hodgsoniもインドであった。Pipits & Wagtailsの本にある写真もインドで撮影されたと書かれている。この本には音声ソナグラムも載っているが、この音声もインドで録音されたのが載っている。
 終わりにあたり
 すでに一部の人によって海外で捕獲されたビンズイのDNA解析が行われている。今後DNAの解析や標識調査の結果が明らかになり、論文として発表されるのもそう遠くはないと思う。その結果はおそらく日本に棲息するビンズイは亜種ビンズイA.h.hodgsoniではなく、亜種カラフトビンズイA.h.yunnanensisのみが棲息する、あるいは日本のビンズイは第三のビンズイとして報告されるかも知れない。いずれにしても極東アジアからシベリアにかけ、ビンズイについては洗い直すべきであろう。私はいつの日かインドあたりに行き、この目で基亜種ビンズイA.h.hodgsoniを確認したいと思っている。
 ビンズイについて過去2回ALULAに投稿させていただいた。1回目は2002年春号No.24、2回目は2003年秋号No.27である。何か参考になれば御覧いただきたい。また国立科学博物館と山階鳥類研究所にて、ビンズイ標本の写真を撮ってきたが、掲載するための許可は取っていないので掲載は控えさせていただく。



追記:ビンズイについて

環境
 カラ松と雑木林がまわりにある林縁に網を張る。網の設置しているところは、笹が一面に生えている。

時期
7月下旬から10月中旬まで。一番捕獲が多いのは9月20日〜9月30日頃まで。

捕獲方法
 網の高さは、上段の棚糸が地上より役1.5メートル。下の棚糸は地面に着ける。従って棚糸の間隔は40センチ以下。誘引にはビンズイの声を流す。

雌雄の判定
繁殖期では総排泄孔で分かる。繁殖期が過ぎると分からない。

年齢の判定
1、虹彩色 
 初放鳥から満3年たったビンズイがリターンとして再捕獲された。しかし、3年経っても虹彩色は幼鳥と変わらなかった。したがって虹彩色が茶色であれば、4年以上の成鳥である。
2、頭骨の骨化
  頭骨の骨化はアオジと同じようでとても見やすい。しかし10月に入ると骨化が進みBからCになるのもあるので注意が必要。
3、羽軸の色 
 幼鳥は内側から数えて6番7番8番9番の羽軸の色が黒い。成鳥は9番〜1番にかけ滑らかに黒から茶色に変わる。
4、三列風切羽
 三列風切羽の一番長い羽に注目。成鳥は幅が広い。幼鳥は幅が狭くとがっている。
5、参考になるかどうか分からないが
 成鳥は足指がきれい。お前、いつ風呂に入ってきたのだ、というぐらい他のビンズイより汚れがない。また、内側から数えて9番の外弁の羽がボサボサしているのが多く見られる。

その他
 1、下尾筒には白色と茶色がある。これは何を意味するか。
2、過去において、全体が茶色に近い黄色のビンズイが4羽捕獲されている。それも10月10日以降の遅い時期。また、全体が黒っぽいビンズイ2羽も捕獲されている。これらのビンズイは突然変異によって色が変わったのか、それとも別亜種と考えるべきか。


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