2008年日本鳥類標識協会第23回大会(2008年12月13日京都御室会館)における講演要旨

個体群特性解明のための再捕・再確認情報活用例
(ユリカモメ・オオミズナギドリなど)

須川 恒


   標識再捕法は鳥類の地域個体群特性の推定に使える。例えば特定の場所(湿地など)を利用する繁殖個体群や越冬個体群、あるいは渡り期の通過個体群の規模を把握する手法として使えば、その場所を保護するための重要な情報となる。日本の鳥類標識調査における、標識再捕法による個体群特性推定例は極めて少なく、その状況を変えていく必要がある。
 まず地域個体群を把握する意義について理解する必要がある。ラムサール条約の条約湿地の基準の一つである水鳥1%基準とよばれている内容を琵琶湖の調査例(橋本・須川,2008)を通して紹介する(左図は琵琶湖の越冬個体数(岸から0-800mの全周)8種が1%基準を越えることを示す)。1%基準値は、各国の水鳥センサス調査の更新によって変化し、さらに東アジアとしてまとめられている地域個体群が、標識調査などによっていくつかの地域個体群として分けられることが判明した場合は、1%基準値が変わり(減り)、湿地の重要度の再認識(重要度が増す)につながる。東アジアといった広域の視点から地域個体群を認識するためには、Euring(Euring Data Bank)が実施しているような、多国間の回収・観察情報の集積と情報の共有システムが重要であり、ユリカモメの事例を紹介して、東アジアにおけるそのようなシステム構築の重要性について述べる(須川,2008)。 
 



 標識再捕獲法による個体群特性の推定には、@移出入のないクローズな個体群を想定したピーターセン(Petersen)法と、A移出入のあるオープンな個体群でも使えるジョリー・セーバー(Jolly-Seber)法などがある。これらの手法の日本語による解説は巌俊一(1971)などがあるが、バンダーが得られた情報をどのようにあてはめると容易に計算できるかのガイドが必要である(ウェブ公開されている情報(例えばコロラド州立大のMARK)などを日本鳥類標識協会のホームページに紹介する必要がある)。
 @の適用例として、ユリカモメの個体群が急増していた1970〜1980年代に、カムチャツカのコロニーにおける巣立ち前の雛に標識した数と、京都の鴨川における標識されたユリカモメの観察率から、日本への越冬個体数を推定し、個体数増加を裏付けた事例(左表(b);須川,1984;須川,2005)がある。このケースではRcや金属足環の直接観察からカムチャツカ発の標識鳥であることを根拠づけている(左表(a))。また、Aの適用例として、京都で経年的に観察されているカラーリングで個体識別された個体の未発見個体を推定して、個体数の増加と対応する低い生残率を示したもの(右図;須川,1984)がある。









 さらに、冠島におけるオオミズナギドリの継続的な標識調査(須川,1997;須川,2000)のうち1973年から1984年までのデータから個体群特性を推定した例(須川他,1985)がある。この場合は、Rt情報を活用している。1985年頃まで標識室は毎年Rt報告を配布しており、この情報から捕獲履歴表を作成してJolly法に持ち込んだものである。


 標識調査には適用しやすそうな事例がいくつかあるのではないだろうか。秋に北から南に通過する群れの規模を、秋の定期的な調査におけるRp情報から推定するといった活用例が考えられる。
 鳥類標識調査によって得られるRp,Rt,Rc情報は、標識再捕法による個体群特性を推定するために活用できる質の高い情報を得ているわけであり、活用しないでほっておくのはもったいない。

引用情報
巌俊一(1971)標識再捕法による動物個体数の推定(I)生物科学,23:14-22.
須川恒(1984)極東アジアにおけるユリカモメの個体数増加.海洋科学16(4):194-198.
須川恒(1997)冠島におけるオオミズナギドリへの標識調査.日本鳥類標識協会大会(田原町)講演要旨集.
須川恒(2000)冠島のオオミズナギドリ.平成12年度環境省委託調査鳥類標識調査報告書:32-35.(財)山階鳥類研究所.
須川恒(2005)都市河川と水鳥.いのちの森 生物親和都市の理論と実践(森本幸裕・夏原由博編,京都大学学術出版会):185-213.
須川恒(2008)ユリカモメの渡り研究で見えてきた標識調査の連携関係.ALULA(No.36,2008春号):38-49.
須川恒・成田稔・藤村仁・白石昭彦(1985) オオミズナギドリ個体群の標識再捕法による分析.日本生態学会第32回大会(広島)講演要旨集.

橋本啓史・須川恒(2008)平成19年度滋賀県琵琶湖環境科学研究センター委託研究報告書 湖岸環境変遷調査(水鳥調査)報告書.名城大学農学部生物環境科学科ランドスケープ・デザイン学研究室.
ウェブサイト
EDB; Euring Data Bank ヨーロッパの標識回収情報センター。ロシアも加盟しているhttp://www.euring.org/edb/index.html
MARK;コロラド州立大学のさまざまなモデル別のプログラムのサイト http://www.cnr.colostate.edu/~gwhite/mark/mark.htm
夏原由博(1998)標識再補法.「チョウの調べ方」 日本環境動物昆虫学会編,文教出版. 43-52p.
 原稿のPDFあり→http://www.morikawa.ges.kyoto-u.ac.jp/Natuhara/natuhara/epub/mark.PDF

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