「鳥類アトラス」から読む日本の渡り鳥調査の現状
 佐藤文男(山階鳥類研究所)

 


  山階鳥類研究所は2006年末に、1961年から1995年までの鳥類標識調査から得られた回収結果を集計し解析したものを{「鳥類アトラス」鳥類回収記録解析報告書(1961年〜1995年)}として発行予定である。
 該当する全回収数は176種14,392例あり、このうち回収記録が20例を超える49種、並びに種の保存法の国内希少野生動植物種及び天然記念物に指定されている、または環境省のレッドリスト掲載種22種、興味深い移動を示した8種を加えた74種について(重複種を除く)回収地図を作成し、カラー掲載した。
 これらの結果から、日本列島の代表的な渡りコースを移動している種を選び、コース別に選別し、紹介する。次の7コースである。@極東⇔日本(オナガガモ、オオジュリン)、A朝鮮半島⇔日本(ナベヅル、マナヅル、オオジュリン、ツリスガラ)B台湾⇔日本(ツバメ)、Cフィリピン⇔日本(サギ類)、D中国東南部・インドシナ半島⇔日本(チュウサギ、クロツグミ、オオヨシキリ)、Eオーストラリア⇔日本(トウネン)、Fアラスカ⇔日本(キョウジョシギ)。
 また、標識放鳥後、5年以上経過して回収されたものを「長期経過後の回収例」として抜き出し、集計した。この結果、最長はコアホウドリの26年5ヶ月で、次いでオオミズナギドリが22年11ヶ月、セグロアジサシが22年2ヶ月、ウミネコが21年11ヶ月、ウトウが20年10ヶ月と、海鳥類が上位を占めた。一方小鳥類ではオオヨシキリが11年と最も長く、次いでオオジュリンが10年、他は多くの種で5年から8年であった。
 都道府県別では千葉県・埼玉県での回収数が多く、この2県で全国の40%を占めた。これはカモ類の標識放鳥数の大部分を占める宮内庁の鴨場が両県にあるためである。次いで北海道、新潟県、茨城県、山口県であった。
 また、外国放鳥の国内回収数ではアメリカが13種138例と最も多く、次いでロシアが18種78例、オーストラリアが6種42例であった。種類別にはコアホウドリが最も多く54例であった。次いでキョウジョシギが42例、ツバメが28例、ユリカモメが24例であった。
 一方日本放鳥の外国回収は65種2,257例が得られた。国別の上位はロシアが31種1,882例、フィリピンが22種201例、アメリカが7種75例であった。種類別にはオナガガモが1,188例、マガモが219例、ヒドリガモが195例とカモ類が上位を占めた。
 今回の解析からは、回収数の少ない種ではその渡りルートを示す事例も少ないことがわかった。これらの種の多くは、主にスズメ目に属する種であった。特に夏鳥と呼ばれるムシクイ、ヒタキ類では現在でもその多くの種で、越冬地が不明である。また、冬鳥のホオジロ類、ツグミ類の多くも、その繁殖地は解明されていなかった。
 これらの原因には、夏鳥の越冬地である東南アジアで継続的な標識調査が実施されていないことがあげられた。同様に冬鳥の繁殖地であるロシアでの標識調査もほとんど実施されていなかった。これは渡り鳥の中継地と考えられる朝鮮半島でも同様であった。特に夏鳥は日本国内で標識放鳥数が少なく、また、効率的な調査が行われてこなかったことも回収数が増えない原因と考えられた。
 こうした点を解決するには、日本で繁殖するスズメ目の夏鳥と、越冬するスズメ目の冬鳥の標識調査に力を入れる必要があるほか、周辺諸国で標識調査が実施される必要がある。また、種類によっては金属足環に頼らない追跡手法の開発が必要であり、カラーマーキングや送信機による追跡が考えられる。

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