2000年に中国のペキン周辺に夏鳥としてキムネビタキと同所的に分布する新種として Ficedula beijingnicaが記載された(Zheng, et al., 2000)。この種はペキンビタキという和名で話題になっていたが，最近になってキムネビタキの第1回夏羽の雄であることが，さえずりの分析から確認された（Zhang, et al., 2006）。この論文で著者らは，キムネビタキは形態とさえずりからキビタキの亜種とするより独立種に違いないとしている。
2006年5月に島根県松江市美保関町美保関の地蔵崎において市橋と山﨑ほかにより変わったキビタキ1個体が捕獲され，リュウキュウキビタキ雌・成鳥の疑いが持たれたが，キムネビタキの雄・第1回夏羽と考えるに至ったので，ここに経過報告をすることにする。調査に御協力いただいた青木則幸氏に感謝したい。
問題の鳥の捕獲および標識放鳥地，島根県松江市美保関町美保関の地蔵崎（北緯35 度34分，東経133度20分）は，日本海に突き出した島根半島の東端に位置する。ここでは，1989年から春の渡り鳥の標識調査を継続中である。今回放鳥したキムネビタキの捕獲は，毎シーズンのように珍鳥を放鳥するゴールデンウィークの５月２日のことであった。この日は朝から小雨の降る中で調査を続けていたが，昼過ぎから風も強くなってきたため網を閉じようとした午後１時過ぎにキビタキとともに網(36㎜メッシュ×12m）にかかった。
この鳥は，小雨覆が灰色で腰の黄色味が強いところからリュウキュウキビタキ雌・成鳥と思われたが，リュウキュウキビタキにしては小雨覆の灰色が鮮明で大きい。また，胸に橙色がないなどリュウキュウキビタキとするには疑問があった(写真①②)。リュウキュウキビタキの雌の羽色の記述は，ほとんど見当たらなかった。
写真①
写真②
この個体の測定値は，自然翼長73.5㎜，露出嘴峰長9.5 mm, ふ蹠長16.6 mm，尾長45.0 mm，全頭長32.9 mm，全長128 mmである。この測定値はキビタキとリュウキュウキビタキ，マミジロキビタキにもあてはまるが（山階，1941），キムネビタキ雄の測定値にほぼ一致していた(Weigold, 1922; Shaw, 1936)。しかし，キムネビタキ雄とするには下面の黄色が淡く，雌の可能性もあると考えられた。
その後，2006年8月下旬に中国の動物学報Acta Zoologica Sinica, 52(4): 648 ? 654にペキンビタキを新種として記載した著者らによるペキンビタキはキムネビタキ雄・第1回夏羽の個体だったという論文が出た。その表紙にキムネビタキの雄・第1回夏羽と雄・成鳥のカラー写真が載り，問題の鳥は喉と胸がやや淡いことを除いてキムネビタキ雄・第1回夏羽の個体によく似ていた。韓国のNial Moores 氏らによるBirds Koreaのホームページ <www.birdskorea.org > のキムネビタキ雌の写真は，小雨覆が問題の鳥より灰色が淡く，腰の黄色味も少ないので，今回の鳥はキムネビタキの雄・第1回夏羽でいいであろう。