(1.演題) オホーツク海沿岸の鳥類の多様性と渡り、そして保護について
ロシア科学アカデミー北方生物諸問題研究所 鳥類学室長 A.V. アンドレーエフ
翻訳 池内俊雄 (文の前の番号はスライド番号)
2.アジアのレッド・データブック
「絶滅の危機に瀕しているアジアの鳥類」と題した二冊の本が2000年に出版された。それによると、アジア大陸の全域において絶滅の危機に瀕している鳥の割合が急激に増えていることが示されている。アジアに分布する2700種の鳥の内、その約1/4にあたる650種が、20世紀の最後の25年間で絶滅の瀬戸際に追い込まれており、その6.5%にあたる42の種はロシアの東部にのみ分布している。アジアの全ての国の数百人以上もの人が、これまでに得られた知識を要約しながら、この本の出版に関与した。
3.IBA(鳥の重要な生息地)の基準
この危機的な状況に対処するため、バードライフ・アジアでは、「絶滅の危機に瀕しているアジアの鳥類」の要約版である「絶滅の恐れがあるアジアの鳥を救おう」という本を政治家や一般の人に向けて出版し、世界中で適用できる概念とIBA(鳥の重要な生息地)を定める際の基準を新たに設けた。このIBAとは、鳥の保護を図る上で優先順位の高い生息地をさしている。鳥はそれぞれの生息地の種の多様性の中で最も高い位置を占めていて、それゆえ、一連のIBAのネットワークは、種の多様性を形成している一つ一つの構成要員を保全することを狙いとしている。その結果、ある特定の地域における持続可能な開発を可能にする上で、IBAは貢献できるのである。
4.東アジアのIBA
これら世界共通の基準に従って、アジアの27ヶ国の専門家らが2293の生息地をIBAとしてアジア全土で認定した。これらのIBAの多くは、亜熱帯、あるいは熱帯の緯度に分布し、その中には、島特有の生態系や山岳地域も含まれている(アジアの重要な鳥の生息地、2004による)。その一方で、緯度の高い北にあるIBAは、特に渡り鳥にとって極めて重要で、ロシアの東部では169ヶ所がIBAとして認められ、それに加えて169ヶ所が日本に隣接する島々に存在する。今回の私の講演では、オホーツク海を取り囲む地域で、上に述べた取り組みが実行に移された根拠について紹介したい。その地域において、ロシアと日本の二ヶ国が、種の多様性と鳥類相を共有している。
5.オホーツク岸に分布する様々な環境の生息地
生息環境の多様性は、その地域の鳥類層の豊かさを左右する、もっとも基本的な要因である。オホーツク海は、際立って特徴のある、そして寒さに適応した様々な環境に「ネックレス」のように囲まれていて、東アジア極北部の中でも常に独自の発達を遂げてきた。オホーツク海を取り囲む現在の様々な環境、それはモザイク状に入り混じって分布しているが、それは地形、海流、気象条件などの影響のもとに発達してきた。現在にみるオホーツク海沿岸部の環境の多様性には、次のようなものが挙げられる。
・ベーリング海に面した、潅木を伴うツンドラ。ハイマツやワタスゲ、スゲ科の植物が優先する。アナディルの南からコリヤーク高地まで広がっている。
・カムチャツカ半島からオホーツク海の北岸にかけて広がる、その区域に特有に存在するカバの木からなる森林地帯。
・ヤクート以南に広がるカラマツの疎林
・アムール川流域の、カラマツ、エゾマツ、モミからなる北方系の森林
・オホーツク海岸の、エゾマツやモミからなる針葉樹林
・ナラ、カシ、カエデなどからなる、山岳地帯の広葉樹林帯
・ケショウヤナギ、ポプラなどの落葉樹からなる河畔林。春には雪解け水で洪水にあう。
・オホーツク沿岸部の草地
・潮間帯になると出現する干潟や河口部、小石からなる洲
6.オホーツク海を取り囲む地域ごとの動物相
オホーツク海を囲む地域の動物相に関する情報は、幾つかの大きな区域ごとにまとめられてきた。しかしながら、それより小さな区域でみると、情報は殆ど網羅されていないままである。この節では、オホーツク海沿岸部の鳥類の多様性に関する我々が現在持っている知識を、一つにまとめてみたい。オホーツク海を取り囲む地域では、合計417の種がリストに挙げられる。その内の314種がこの地で繁殖し、38種が定期的にこの地を行き来する。あとの65種は、不定期に記録される種である。地域ごとに見ると、オホーツク海の北岸では繁殖する種が159、サハリンでは189種というように異なる。環境がより複雑に入り混じり、総生産性が高まるため、凡そ緯度1度につき三種類の割合で繁殖する種が増える。定期的に移動する渡り鳥も勘定に加えると、その割合は二倍になる。
7.オホーツク海沿岸部において、全体規模で絶滅の危機に瀕している鳥類
どの地域の鳥類相にも、希少種あるいは絶滅に向かいつつある種がある程度の比率で含まれている。各地域の鳥類相の中で、ある一定の割合の種が消滅に向かうのは、ごく自然の現象で、ただ単に、生命の進化の過程における結果に過ぎない。しかしながら、過去25年間の間でこの割合は異常なまでの速さで増加し、オホーツク海を取り囲む地域全体で絶滅の危機に瀕している種類は4から12種にのぼる。そのような鳥の割合が最も高いのは、アムール川の下流域に見られ(4.7%の種が危機に瀕している)、そこでは、北方系の種と南方系の種の分布が重なり合っている。そこでの工業活動が盛んになるにつれ、渡り鳥の中継地が妨害を受ける羽目になった。
8.オホーツク海岸の動物相の特殊性
世界に分布する全ての鳥類の約40%が、ある限られた地域の中で生息していて、そうした場所は、少なくとも240ヶ所のEDA(固有の鳥類の生息域:2種類の固有種の分布が重なっている)と、130ヶ所のSA(EDAに次いで重要な固有種の生息域:ただ1種類の固有種が分布する)を占めている。極東ロシアの北部では、このSAのグループに属する鳥が2種類存在する。一つはカラフトアオアシシギ(Tringa guttifer)で、もう一種はヘラシギ(Eurhyrnorhynchus pygmaeus)である。この地域の殆どの固有種は、それらよりも広範囲に分布しているが、そうした固有種は、その生息域において彼らの特別な存在感を際立たせ、また、生物の多様性を地球規模で考慮する基準に沿ってIBAを認定する際、実際の重要な判断材料にもなる。この地には、注目すべき、生物学的に見て特殊な場所が幾つかあり、また誕生した年代の異なる地域性が見られる。その中でも最も古いのがアムール川流域で、ひとつながりの森林と湿地環境から成り立っている。そこでは、カマバネライチョウ、ナベヅル、シマフクロウ、などが顕著な例として挙げられる。また、年間を通じて冷涼な気候をもつ東アジアの高緯度地方では、大陸的なカラマツ林と乾燥した高地からなり、そこでは、クロライチョウ、コシャクシギ、オバシギなどが代表例である。また、北太平洋に位置する島々や列島には、海鳥の仲間が全て見られる。それに続いて特徴的な注目すべき場所は、アジアの海岸部と島嶼、半島部などに存在する。
9.アジアからオーストラリアに至る渡り鳥のコース
オホーツク海沿岸の各地で繁殖する90%の鳥は、季節ごとに移動をする渡り鳥である。それに加えて、北極圏で繁殖する38種が定期的にこの地を通過して行く。オホーツク海は、旧北区東部の渡りのコースの北側に位置し、北東アジアの繁殖地と、亜熱帯・赤道部、そしてオーストラリアの越冬地との間を結んでいる。水辺に生息する多くの鳥と海鳥の仲間は、オホーツク海の凍らない水域、あるいは流氷の合間で越冬している。
10.北東アジアにおけるガン類の渡り
日本、オーストラリア、そしてロシアで行ったほぼ40年におよぶ鳥類の標識調査の歴史は、その長さの割りに、我々が得られた渡りのコースの知識は依然として大雑把なもので、満足からは程遠いものである。特に北方の鳥に関しては。西ヨーロッパや北アメリカで行われた調査とは異なり、金属リングを用いた鳥の標識調査では、殆ど成功しなかった。その理由の一端は低い人口密度にあるが、大半は、当局に対して地元の狩猟民が標識リングの回収に非協力的であることに拠る。1970年代から1980年代にかけて首輪標識を導入したところ、かなりの成果が上がった。その結果、ハクガン、コハクチョウの渡りのコースが解明され、1990年代に「日本雁を保護する会」と「北方生物諸問題研究所」の「旧北区東部湿地調査局」が行った調査では、北極圏で繁殖するガン類の渡りのコースについて、かなり具体的なデータが得られた。
11.1950年から2000年までの、北方に分布するガンの個体数変動
この結果は、異なる大陸に分布するガンの個体群ごとの、特に個体数の変動傾向を説明する上で、大いに役立っている。
12.衛星位置送信機で追跡した、北東アジアの鳥類の渡りのコース
最新の衛星位置送信機を使った渡りのコースの解明は依然として高価で、しかも、大型の鳥類にしか適用できない。しかしながら今のところ、最善の、そして成果が約束されている方法である。この地域で行われている調査として、以下の五つが知られている。ハシジロアビ、マガン、マナヅル、オオハクチョウ、そしてオオワシの五種について、衛星位置送信機を使った調査が行われている。
13.ヒメクビワカモメの季節ごとの移動
ヒメクビワカモメ(Rohdostethia rosea)には、季節ごとに従って独特の移動のパターンがあることが分かっている。この種はヤクートの北部に広がる湿地帯で繁殖する。七月から八月の繁殖の後、北に向けて移動する。秋、九月から十月にかけてヒメクビワカモメは南東に向きを変える。冬の初めになると、ヒメクビワカモメはベーリング海へ向けて渡り、その後三月から四月にかけてオホーツク海の北岸へやって来る。五月の中旬までには、ヒメクビワカモメの繁殖個体群は北へ向けて移動を開始する。このようにして、一年をかけた渡りの周回コースが完結するのである。
14.オホーツク海周辺の水辺の鳥の、渡りのコース・中継地、そして越冬地
水辺に暮らす鳥の渡りに関する様々な断片的な情報は、渡りについての一般論を整理してまとめる上で役に立っている。旧北区東部における、渡りのコースの一部をなすオホーツク沿岸部は、四月の中旬から十月にかけて渡りが行われる。この海域における渡りの「大通り」は、パラポル谷からカムチャツカ半島の北西海岸部に沿い、トゥグール盆地から千島列島へと連なっている。この図表中には、まだ多くの疑問が残されたままになっている。水鳥が換羽のために集まってくる主な場所は、パラポル川の流域、カムチャツカ半島の西海岸部、そしてシェリホフ湾である。主な中継地は、マルカチャン平原、アムール川の下流域、そして北海道である。シギ・チドリ類の渡りに関して言えば、それらの鳥の最も重要な中継地はカムチャツカ半島の西海岸部、サハリン島の東海岸沿い、オホーツク海の北岸の潟湖や湿地、シャンタル島とアムール川の下流域である。冬季に水鳥が集中するのは、マガダン近海のコニー半島(コオリガモ、カワアイサ、ホンケワタガモ)とカムチャツカ半島の南西部(ハクチョウ、オオワシ)、サハリン島の南東(アビ、海ガモ)、そして千島列島の沖合い(海ガモ)などである。
15.北太平洋の海水の表面温度と海流
北太平洋の海流がアジアにではなく、むしろ北アメリカに恩恵を施していることはよく知られている事実で、オホーツク海は太平洋からは寒流しか受けていない。特に、冬は大陸の非常に強い寒気の影響で、より一層冷やされている。そのため、オホーツク海は中緯度に位置するにもかかわらず、まさに「北極圏並みの寒い海」になっている。
16.オホーツク海の流氷と沖合いの海流
その一方で、この寒流によって、温帯地域の緯度の割りに最も冷たい海でありながら、オホーツク海の総生産力は高い状態に保たれている。オホーツク海は総生産力の面では、もっとも豊かな海である。
17.北太平洋を取り囲む地域の海鳥の集団営巣地
数百万年もの間、北太平洋の海域と島々は、ウミスズメ科全ての種を含め、33〜35種からなる海鳥が進化を繰り広げてきた舞台の中心的役割を果たしてきた。19の種類を除いた14種類のウミスズメ科の鳥がオホーツク海沿岸部で繁殖している。全北太平洋で繁殖している海鳥の総数は5千5百万羽と推定され、大雑把に勘定して、その2/3が北アメリカで、残りの1/3(約1千8百万から2千万羽)がアジアで繁殖する。アジアで繁殖する海鳥の圧倒的多数は、オホーツク海の集団営巣地で繁殖し、その数は約1千2百万羽から1千4百万羽である。
18.オホーツク沿岸の海鳥の集団営巣地
オホーツク海沿岸に位置する海鳥の集団営巣地は、一般にオホーツク海を流れる海流と生産力の高い場所に集まっている。繁殖する種類が一番多いのは千島列島で22種。しかし際立って数が多いのはオホーツク海の北岸にある島々や岬で、そこで9百万から1千万羽が繁殖している。
19・20.最大の海鳥の集団営巣地、タラン島とヤムスク諸島
エトロフウミスズメ、コウミスズメ、フルマカモメ、そして二種類のウミガラスが、そこで繁殖している鳥のなかでも特に数が多い。
21.オホーツク海を取り囲む地域における、重要な鳥の生息地
最後に要約すると、21世紀初頭にアジア全土に広がるIBAのネットワークが、上に述べたような基準に沿って設けられた。オホーツク海を例にとると、これらのIBAの認定は、多くの鳥類学者の献身的な努力と経験、長年の研究の蓄積の成果であり、ロシアのこの地域で認定された38ヶ所のIBAの半数は、ロシア国内で別の基準に基づいて、既に保護されている場所である。IBAに認定され、また日本でも保護されている生息地と一体になることで、これらのIBAは他の「保護活動の組織体系」を内包し、アジアにおける種の多様性を保全する上で「骨子」となる。こうして、IBAのネットワーク作りが、この地における保全活動を強化することを狙いとするならば、日露双方が協力して保護活動に取り組むことが、将来この作業においてもっとも利に適った手段となるであろう。