中国双台河口塩性湿地でのズグロカモメ標識調査について

武石全慈(北九州市立自然史・歴史博物館)


 ズグロカモメLarus saundersiは、世界的に絶滅のおそれのある種としてIUCNレッドリストでVulnerableにランクされている。中国の北東部及び東部の沿岸や韓国西部沿岸の塩性湿地等で繁殖し,韓国・日本・中国東部及び南部・台湾・ベトナムへ渡り、干潟や河口で越冬する。
 演者は山階鳥類研究所、WWFジャパン、遼寧双台河口国家級自然保護区管理局、遼寧省野生動物保護協会、全国鳥類環志中心などとともに、1996年から毎年6月に、本種の世界最大の繁殖地である中国遼寧省盤錦市にある遼寧双台河口国家級自然保護区(現、遼寧遼河口国家級自然保護区)で、本種の成鳥及び雛に対して標識放鳥を行ない、毎年冬期に日本での標識個体の発見に努めてきた。今回は比較的標識個体の再発見ができた過去10年間(1996?2005年)の日本での確認記録を中心に、中国双台河口でのズグロカモメの標識調査について話題提供を行なう。この間、多くの方々から標識個体の情報提供のご協力を受けました。ここに厚くお礼申し上げます。
 標識は個体識別用に2文字(アルファベット又は数字)が記入されたプラスチック製赤色フラッグと中国製金属足環を使用した。初期には少数個体に文字無し赤色フラッグも使用した。2003年以降は更にプラスチック製カラーリング(文字無し)1ヶ(赤、ピンク、黄、白、緑、青)も合わせ装着した。
 1996年から2005年までの10年間には、合計2,017羽(雛1,986羽、成鳥31羽)に何らかの標識がなされ、文字入り赤色フラッグは1,625羽(雛1,594羽、成鳥31羽)に付けられた。そのうち文字入り赤色フラッグによって個体識別できた146羽(すべて雛で放鳥)が、1996年度から2005年度までの冬期に日本で確認された。これら146羽は19府県49ヶ所の河口域や干潟で確認された。多くは有明海西部・北部沿岸、八代海北部沿岸、瀬戸内海西部沿岸に集中して見られたが、少数は瀬戸内海中部から伊勢湾・三河湾、東京湾にかけて飛来していた。出生年を区別せずにひとまとめにして年間生存率を求めると、出生後第一回冬期(幼鳥)から1年間の生存率は71.0%、第二回冬期以後(成鳥)では79.3%となった。期待余命は第一回冬期の約0.5才時には3.9年、第二回冬期の約1.5才時には4.3年と推定された。
 赤色フラッグで標識放鳥された雛のうち、出生年度の冬に日本で確認された幼鳥の発見率は、1996?2005年度の10年間では4.3?14.9%の間で変動したが(平均8.7%)、2006年度には1.7%というかなり低い値を示した。また、主要越冬地である九州の4カ所での越冬総数に占める幼鳥比率は、2000?2002年度は平均21.8%であったが、2003?2005年度は平均10.8%と低下し、2006年度には5.5%とさらに低下した。
 双台河口保護区においては、この間に開発による繁殖場所(塩性湿地)の狭小化が進行し、2003年には自然の塩性湿地は殆どなくなり、本種の繁殖場所は保護区南西端のエビ養殖場に限られてしまった。本種の巣卵の水没などが見られ、2004年からは保護区管理局の努力によって、繁殖地エビ養殖池の水位管理が行なわれ、ある程度の補償をエビ養殖業者に行ないつつ、現在まで本種の繁殖が維持されてきている。その後、本種の繁殖個体数は増加したが、繁殖場所が限定されるため営巣密度は極端に増加し、脱羽症雛の出現なども見られ、今後の繁殖状況が懸念される。一方、同保護区を管理する盤錦市政府では、日中共同調査が行なわれたこともあって、ズグロカモメに対する認知度を高めたと思われる。また双台河口保護区はラムサール湿地にも指定された。しかし上述の通り、本種の繁殖地保全対策はまだ十分な状況にはないように見える。


2013年度日本鳥類標識協会全国大会シンポジウム講演要旨

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