(2012年日本鳥類標識協会大会公開シンポジウム)

ツバメの集団塒地となるヨシ原の重要性
       須川 恒 


 ツバメは夏から秋にかけて,営巣後南国へ向けて渡去するまでの間,かなり広い範囲から特定の場所に多数の個体が集まって就塒する(こういった現象を集団塒(夏秋塒)という)。私は1980年代初めに,宇治川左岸の河川敷(京都市伏見区向島地区)に存在するツバメ類の集団塒地について調査し,またその時点で近畿地方で確認されていた集団塒地の情報を集めたところ,いずれもヨシ原が集団塒地となっていることを確認し,また多くの保護上の問題点を持っていることを指摘した(須川、1982)。
 ツバメは平地(平野,盆地)の中で最も規模の大きいヨシ原を塒地として選ぶことが多いことから,ツバメの集団塒地を明らかにして保全することは,身近なヨシ原や湿地の意義を確認して保全することにつながるのではないかと考え,その後もツバメの集団塒地を発見と塒地の保全を訴えてきた(須川,1984,1990,1992)。その効果もあってか,近畿地方はツバメ類の集団塒地の情報が比較的よく把握されている地域になっている(須川,1999)。
 本報告では,ツバメの集団塒とはどういうもので,ヨシ原に集団塒が形成される時期はツバメにとってどういった時期であるのかを,集団塒で行ってきた標識調査の結果から示し,近畿地方においてツバメ類の集団塒地のアンケート調査による結果を通して,塒地が形成されるヨシ原の特徴とそのヨシ原を将来にわたって保全するために須川(1999)で述べた概要を紹介し、提示した課題のその後の経過について述べる。

ツバメの集団塒とヨシ原
 戦前に内田・仁部(1939)は,ツバメの集団塒についてまとまった調査を行い,農業生産の観点から、営巣だけでなくツバメの集団塒地が形成されるヨシ原の保全の重要性も先駆的に述べている。ツバメの1年間の経過を,どこでどのように寝ているかという観点から見ると、巣内または巣近くで寝る営巣期を除いて、集団塒で寝ており、営巣期から秋の渡り期の間の夏秋期および、春に渡来して営巣を開始するまでの時期はヨシ原が利用されることが多い。
夏秋塒の形成時期のツバメの状況
 夏秋塒の時期のツバメの状況を,1979年から1998年の7月〜9月に宇治川向島地区の集団塒で行われてきた33回の標識調査の結果から示す(それ以降の結果は未集計)。ヨシ原の高さすれすれにカスミ網を張り,就塒するツバメの一部を捕獲し,環境庁の金属足環を付け,一部個体は計測を行ない,その後放鳥した。捕獲したツバメ類4,497羽のうち,ほとんどの4,412羽はツバメであったが,北海道以北で繁殖し渡りの途中に立ち寄るショウドウツバメも85羽(1.9%)含まれていた。ショウドウツバメが捕獲されるのは,8月中旬以降9月にかけてである。京都盆地の団地などで多数営巣しているコシアカツバメは,塒地では1羽も捕獲されなかった。
 ツバメは,額や喉の羽色,光彩,頭骨の観察によって成鳥かその年うまれの幼鳥かを区別できる。幼鳥がずいぶん多く,7月下旬から8月下旬にかけては約90%が幼鳥で,成鳥は約10%だけである。9月に入るとさらに成鳥の割合は減り,9月上旬で約3%,9月後半で約2%と,成鳥はほとんど姿を消してしまった。これは,成鳥ははやばやと渡って行く個体が多いのに対して,幼鳥は遅くまで残っている個体が多いことを示す。ちょうどこれに対応するように,越冬地では最初に渡来するツバメは成鳥が多く,幼鳥の到着は遅いことが報告されている。
 捕獲個体の体重の平均値によって,渡り前の体重の増加傾向をみると,成鳥も幼鳥も7月上旬は共に約17gであったものが,成鳥は増加を続けて8月下旬には19gを越える。一方,幼鳥は8月に入ってから増加がとまり,19gに近づくのは9月下旬になってからであった。成鳥は採食能力もすぐれていて効率よく渡りのためのエネルギ−蓄積を行なって早々と渡りを開始できるのに対して,幼鳥は採食能力も低く,夏から秋になって空中を飛ぶ昆虫が減少しはじめるぎりぎりの条件の中で,かろうじて渡りのためのエネルギ−を確保しているものと思われた。
 ツバメの成鳥は渡り前に飛翔に重要な初列風切羽の数枚を換羽する個体が多かった。
 なぜ特定の場所に多数個体が集まって就塒するのかを説明する考えとして情報センタ−仮説がある。広い地域内で一時的に多量に発生する餌を利用する鳥類が,集団塒を餌情報を得る情報センタ−として活用しているという考えである。空中の昆虫を効率よく採食できる場所は,夏秋塒が形成される時期のツバメ達が日々知りたい情報にちがいない。この時期は,ツバメが南の国への長距離の渡りのためにエネルギ−源となる脂肪を蓄積する重要な時期とみることができる。

近畿地方における集団塒地(夏秋塒)
1999年時点で確認されていた塒地は47ヶ所(うち埋め立てなどによって消滅した塒地は6ヶ所)であった(現在、それ以降の情報を収集中)。平地(平野や盆地)の範囲を表すために海抜100m(一部は200m)の等高線を記入したところ、大きな平地には必ずと言ってよいほど1〜数ヶ所の塒があった。季節を追って利用される塒地が移動したり年によって利用する塒地が変化する場合もあった。それぞれの塒地の発見年の情報より,近畿地方で集団塒地がどのように発見されたかの経過を見た。近畿地方においては,平地に見られる大規模な塒地は,ほぼ発見されたとみている。
 塒地が形成される環境は,池・ため池(16ヶ所),河川敷(15ヶ所),休耕田(7ヶ所),湖岸・内湖(4ヶ所)であり、他に干拓地や塩田跡,蓮田などがあった。塒地が形成される植生は,ヨシ原が44ヶ所と圧倒的に多いが,セイタカヨシ群落に形成される例も2ヶ所あった(その後、セイタカアワダチソウ、サトウキビ畑、街路樹に塒地ができた例も確認されている)。
 ヨシ原等の面積と,就塒最多羽数の関係を見ると、同一地域内で移動を繰り返す集団塒は塒地面積が5ha未満と狭い場合に多く発生していることが判った。ただし,塒地面積が5ha以上でも集団塒が同一地域内で移動する場合も少数ながらあった。これはヨシ原に競合するスズメやムクドリの大規模の集団塒が形成される場合に発生するようであった。

集団塒地となっているヨシ原の保全状況
 集団塒地の保全状況は、塒地が形成されていたヨシ原が埋め立てなどで消滅した塒地が6ヶ所,ヨシ原の減少など,状況が悪化している塒地が8ヶ所,将来の開発計画のある塒地が4ヶ所であった。一方,何らかの保全計画があり基本的に保全の方向性のある塒地は7ヶ所あった。保全の方向性のあるのは,淀川・宇治川などの河川の自然地区としての保全が方向付けられている塒地,滋賀県のヨシ群落保全条例によって保全されるもの,あるいは史跡や生業地としてヨシ原が保全されている塒地などであった。
 保全の方向性が決まっている塒地でも,宇治川向島のように塒地の一部に架橋建設工事が行われ,塒地の一部が悪化する恐れがあり、集団塒地保全に配慮した工事が行われた例もあった。今後の保全の方向を考える上で重要なポイントは,集団塒地の存在と意義が一般の人々に広く伝わるかどうかで,その点で重要なのは,啓発目的の観察会や塒地に関する調査が十分におこなわれているかである。47ヶ所の塒地のうち観察会が開かれた塒地は14ヶ所あり,また標識調査が行われた塒地は13ヶ所だった。

ツバメの集団塒地保全のための課題と最近の進展
1)塒地となっているヨシ原の発見と塒地の情報の社会化
府県によって塒地の毎年の状況がほとんど把握できていない地域も多く、一方で大阪府のように,観察者のネットワークができ,ホームページ
(http://www.mus-nh.city.osaka.jp/[大阪市立自然史博物館]の和田学芸員のページ)によって,それぞれの塒地の毎年の状況が公表されているところもあった。
 特定の動物グループに着目した生息地目録(Habitat Inventory)は,その生息環境を保全するために触媒的な役割を持つ情報集である。日本国内ではガン類の渡来する湿地(宮林編,1994)やシギ・チドリ類が渡来する湿地に関しての生息地目録(環境庁,1997)があり,2000年以降もこのアイデアは発展し、2001年にはさまざまな分野の生物の重要性をふまえた「日本の重要な湿地500」が環境省によって出版され、ラムサール条約湿地候補としての潜在的な重要湿地として172ヶ所が選定され、2012年7月日本国内に46ヶ所の条約湿地が登録される動きをつくっている。
 今後の課題としては、ツバメの塒地目録のWebによる情報公開を進めることであろう(情報を公開しても希少種のように困ることは少なく、むしろ湿地保全につながることが期待される)。
2)ツバメの集団塒地の保全に必要なヨシ原の面積
 近畿地方におけるツバメの集団塒地がほぼ発見されていると仮定すると,今後近畿地方でツバメが安定した集団塒を形成するために必要なヨシ原の規模についてある程度の推測を行うことができた。近畿地方で把握した集団塒地の中で,最多の就塒数と最大の塒地面積を取り出して総計すると,近畿地方の就塒数の総数は約23万羽となり,就塒する塒地の総面積は約95ha(およそ1ku)となった。これらのツバメの保護のために集団塒地となるヨシ原として保全が必要な総面積は,近畿地方の平地部の広がりに較べるとわずかの面積である。これらのヨシ原は近畿地方の平地内に適当に間置きされた状況で保全されていることが必要である。実際に塒地として使われ続けているかどうかはヒヤリングや現地調査が必要であるが、塒地となり得るヨシ原が継続的に残っているかどうかはGoogle MapなどのWeb画像を通して比較的容易に知ることができるようになっている。
3)ヨシ原の規模が小さく塒地の移動が繰り返される地域における保全
安定した塒地が形成されず集団塒地が移動を繰り返す地域が存在するのは,これらの地域のヨシ原の面積が小さいことが第一の原因と考えられた。このようにヨシ原の規模が小さくて,塒地が移動しやすい傾向のある地域に関しては,現在利用している断片的なヨシ原を厳重に保全することが重要である。不安定な塒地を利用せざるを得なくなった地域では,安定的な塒地として利用できる核となる一定以上の面積(5ha以上)を持つヨシ原を再生することも重要な課題であると考える。現在塒地が形成されているヨシ原のうちヨシ原の拡張が可能な場所を見極めてに,重点的にヨシ原再生を進めることが必要であろう。
架橋建設にあたって塒地となるヨシ原のミチゲーション事例はある(宇治川向島地区)が、このような試みまで進んだ例はまだ知らない。
4)ヨシ原の規模が大きく,安定した塒地が形成されている地域における保全
 ヨシ原の規模が大きく,安定した塒地が形成されているヨシ原は,連続する湖岸湿地や河川敷内の湿地の中の一部分であることが多い。それらの湿地は,ツバメの集団塒に利用される以外にも,様々な種類の水鳥などによって利用されている。
 ツバメの集団塒地が形成されるヨシ原は,多様な価値を持つ湖岸湿地や河川敷内の湿地の一部として理解され,それらの湿地を総合的に保全する中で,ツバメの塒地も保全されるべきものと考える。このような流れでは、2008年に滋賀県近江八幡市にある西の湖が琵琶湖の条約湿地に追加登録され、2012年に兵庫県円山川流域が条約湿地として登録されたことなどが注目される。
 
ツバメの生息数と集団塒地の保護
 近年、身近な野鳥へ関心をもとうという趣旨で、ツバメの生息数が減少しているのではないかと関心を持たれることが多い。ただし、その場合も、ツバメの営巣期の営巣条件がどうかという点が話題となるだけで、ツバメの集団塒地となるヨシ原の保護がきちんとできているかどうかという観点で話題となることは少ない。営巣期を除くと、ツバメの生態を理解するためには、集団塒という現象に注目することが重要である。ツバメへの多くの人々の関心を、それぞれの地域のヨシ原の現状把握と保護につなげていく努力は、今後とも必要であると考える。

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