京都芦生研究林におけるノジコの渡り
梶田 学・梶田あまね(京都府在)
京都府南丹市美山町に位置する京都大学芦生(あしう)研究林において,2000〜2012年に鳥類標識調査を行い,研究林内の長治谷(ちょうじだに)がノジコの渡り中継地として利用されていることを明らかにした。芦生研究林は由良川源流域に広がる標高350-960mの森林で標高の高い部分(概ね600m付近より上)は冷温帯林(ブナ・ミズナラ林)である。
ノジコの渡りが確認された長治谷は標高約630m,落葉広葉樹林に囲まれた小さな湿地帯とそれに隣接したススキ原があり,ススキ原内にはサワフタギ,ノリウツギなどの低灌木がまばらに生えている。湿地周辺の低木林では,2002年まで繁殖期である6月,7月に少数のノジコの生息が確認されており,貯精嚢の発達した雄個体の捕獲例もあった。しかし,2003年以降繁殖期のノジコ生息は確認されなくなり,その後,研究林内では秋の渡り時期にのみ確認されている。ノジコの秋期通過個体が確認されるのは,主に10月13〜20日の8日間であり,その他,10月17日と30日に各1羽の捕獲例がある。過去における日別最大捕獲数は10月15日の39個体。なお,ノジコなどが渡りの中継地として利用していたススキ原は,2007年にシカの採餌によって消滅し,渡り鳥の利用も激減したが,その後,シカの侵入防除柵の設置によりススキの回復が認められ,それに伴い渡り鳥の利用も回復しつつある。
捕獲されたノジコは,主に頭頂部羽色の特徴により以下の二群に区分された。
A群:頭頂部羽毛の褐色羽縁の幅狭く,羽毛内側にある緑色味の強い黄緑色部の幅が広い
B群:頭頂部羽毛の褐色羽縁の幅広く,羽毛内側にある緑色味の弱い黄緑色部が比較的狭い
繁殖期に認められる雌雄の羽色との同質性から,A群が雄,B群が雌と推定された。
また,頭骨の含気化指標(S.O.)と虹彩の明暗に基づき,捕獲個体は「S.O.がA〜Cで虹彩が暗褐色の個体」と「S.O.がD〜Eで虹彩が比較的明るい褐色の個体」の二群に区分された。過去ホオジロ類で蓄積された知見に基づき,前者は当年生まれ(第1回冬羽個体=1W),後者は成鳥と推定された。
これらの各区分で得られた各部測定値を比較した結果,自然翼長と尾長において,雌雄間に,かなり明確な性的二型が認められた。ただし,測定値の範囲に一部重なりがあるので,雌雄判別に利用する際には2つの測定値を組み合わせて使用する必要があると考えられる。
【ノジコ測定値: 最小値--最大値 (例数)】
♂ ad. 自然翼長 67.67--72.11mm (n=22), 尾長55.0--60.5mm (n=22)
♀ ad. 自然翼長 63.55--69.18mm (n=17), 尾長53.0--56.5mm (n=16)
♂ 1W. 自然翼長 67.13--71.95mm (n=26), 尾長55.0--59.5mm (n=26)
♀ 1W. 自然翼長 63.72--67.46mm (n=31), 尾長52.0--56.5mm (n=29)
さらに捕獲個体の初列風切羽の換羽状態調査の結果,ノジコ第1回冬羽個体のほとんど(58個体中56個体)で,外側初列風切の新羽への換羽が確認された。新羽は外側4〜7枚で,換羽枚数には個体差が認められた(5枚換羽の個体の事例が最も多い)。ノジコ成鳥では基本的に初列風切羽のモルトコントラストは認められなかった(1個体のみP1に旧羽が残存しているのを確認)。第1回冬羽個体における同様の換羽様式は,京都においてノジコと同属のホオジロとアオジで確認されているが,クロジでは現在まで全く認められていない。
2013年度日本鳥類標識協会全国大会シンポジウム講演要旨