(2012年日本鳥類標識協会大会シンポジウム講演概要 図表略)

「多摩川におけるツバメの集団ねぐらの実態」
多摩川流域ツバメ集団ねぐら調査連絡会 渡辺仁


1.調査の概要
 東京都と神奈川県を流れる多摩川においてはツバメ(Hirundo rustica)の集団ねぐらがいくつか分布している事が知られていたが、多摩川流域全体の状況については共通の方法で調べられていなかった。そこで、多摩川流域のツバメの集団ねぐらに関する生態を解明し、得られた結果をもとに多摩川の河川環境等の保全に活かすこと等を目的として、多摩川流域で活動する団体や個人により、2002 年12 月に『多摩川流域ツバメ集団ねぐら調査連絡会(以下「連絡会」という)』が結成された。連絡会は2003年に多摩川における集中的な調査を実施し、河口から青梅市まで56qの区間において、主にヨシ原において、大小合わせ13カ所(ピーク時合計約6万羽)の集団ねぐらを発見した。さらに、2003年から現在に至るまで、各ねぐらにおける個体数の変化、ねぐら入り時刻、ねぐら環境の調査、標識調査、保全活動等を行っている。なお、これらの結果を2008年に多摩川流域ツバメ報告としてとりまとめている。2008年時点まで調査には10団体169名が参加した。

2.個体数の季節変化

 代表的な府中四谷橋下流ねぐら(河口から35.7km)における個体数季節変化のグラフを図1に示す。年による変動はあるが、概ね6月に集団ねぐらが形成され、7月下旬から8月上旬にピークとなり、9月上旬まで継続する。

図1 府中四谷橋下流集団ねぐらにおける個体数変化

また2003年の日野用水堰上流(河口から39.4km)については目視にて成鳥幼鳥の比率の調査を実施した。図2に示すとおり、シーズンの初期である6月下旬までは圧倒的に成鳥が多く、それ以降、巣立ちした幼鳥が増え始め、9月になると幼鳥しか観察されなくなった。当地での最初の巣立ちの時期は5月下旬であるが、幼鳥が巣立ってから集団ねぐらに入るまでは2週間〜1ヶ月のタイムラグがあり、また成鳥は早い時期(7月中〜下旬)から繁殖地を離れていると考えられた。

図2 日野用水堰上流集団ねぐらにおける成鳥・幼鳥比の変化

3.ねぐら環境の選好性

 ツバメは季節によりねぐら環境の場所を変える傾向がある(図3)。2003年から継続調査の結果、約10年の間に全く同じ場所で継続した集団ねぐらは少ない。もともと多摩川には大規模なヨシ原は少なく不安定な環境であり、その度にツバメの集団ねぐらの放棄や移動が繰り返された。このような放棄や移動の特性から、ツバメのねぐら環境の選好性を以下のように考察した。
ツバメは集団ねぐらの環境としてヨシ原を選好する。ヨシは3m以上に成長する高茎草本である。@上部に止まりやすい構造(ほぼ水平な葉など)がある。Aしなやかな構造を持っている、B水辺に生育する、C多数の個体を収容できる大規模な群落を形成しやすい、といった特徴があり、地上性の天敵から身を守るために適した環境として選好されていると考えられる。但し、ヨシは多年草であるが、冬季は地上部が枯死しているため、5月中旬頃になるまでねぐら環境としては適していない。2012年の調査においては、調布市の上河原堰上流(河口から26.2km)において、4月6日から集団ねぐらがヨシ以外の環境、ヤナギの枝に形成されているのが確認された。春先の集団ねぐらは、水際に張り出し生育するヤナギや草本植物など、ヨシ原以外の環境を利用する。この時期のツバメの集団ねぐらは数百個体程度と小規模なので、様々な環境を選択できることも関係しているのだろう。いずれも地上性の天敵の接近を防ぐには合理的な環境が選択されている。
なお、連絡会では補足的に多摩川以外での集団ねぐらについての情報も収集した。その結果、ヨシ原以外では、トウモロコシ畑、サービスエリア等の街路樹、繁華街の電線、宿泊施設の中庭の竹藪なども集団ねぐらとして利用することがわかった。

図3 集団ねぐらの形成された環境の季節変化(割合)

4.ねぐら入り時刻
 ねぐら入り時刻・日没時刻と天候の関係を下図に示す。明るい晴天ではねぐら入り時刻が遅くなり、暗い曇天・雨天ではねぐら入り時刻が早くなる傾向があった。(図4)また、ねぐらの個体数規模が大きくなるほどねぐら入り時刻が遅くなる傾向があることがわかった。(図5)

図4 ねぐら入り時刻と日没時刻及び天候との関係         図5 個体数とねぐら入り時刻の関係

5.集団ねぐらを脅かす問題
 継続調査の結果、2003〜2004年をピークに多摩川のねぐら入り個体数が激減していることが判明、2006年まで激減傾向が続いた。原因の一つは規模の大きなねぐらとなるヨシ原において、特定外来生物であるアレチウリが繁茂しヨシを覆い倒してしまった結果、ツバメに放棄されてしまったためであった。このことから、2005年にアレチウリの被害の大きかった府中四谷橋下流の集団ねぐらでアレチウリの除去作業を始め、2008年にヨシ原が蘇りツバメの集団ねぐらが復活した。それ以降も調査及びアレチウリの除去作業は毎年継続しており、2012年現在まで集団ねぐらは継続している。アレチウリ以外にも乾燥化や遷移の進行に伴うヨシ原の消失により集団ねぐらが消失した例がある。

6.標識調査
 連絡会では標識調査結果と、それ以外の様々な調査で得られた知見を集積していくことがツバメの生態の解明及びツバメの生息環境でもある多摩川の河川環境等の保全を図っていく基礎資料となると考えた。標識調査は、環境省から許可を得た標識調査員の資格を持ったメンバーが実施した。継続的に実施していく予定だったが、前述したように集団ねぐらが安定せず放棄・移動する問題もあり、標識調査は、2004年6月26日、8月8日、2005年7月24日、2008年8月19日の府中四谷橋下流での4回、合計219羽のツバメに標識するに留まった。
現在までに2例の再捕獲が確認されている。1例目は、2005年7月24日に府中四谷橋下流で標識された幼鳥が、同年8月20日に山梨県忍野村でのツバメの集団ねぐらの標識調査で再捕獲された例である。27日間で約59km西南西方向に移動した。これは越冬地への渡りの途中で再捕獲されたものと考えられる。2例目は、2005年7月24日に府中四谷橋下流で標識された幼鳥が、翌年6月24日に調布市布田先多摩川河川敷(約8km下流)に成鳥として再捕獲された例である。こちらは再捕獲地の状況は詳細にはわからないが住所から集団ねぐらの近傍と考えられる。
再捕獲は以上たった2例ではあるが、採捕獲率は0.9%となる。(財)山階鳥類研究所(2002)によればツバメの移動回収率は0.13%なので、今回の結果はそれよりも高い数値となった。同じ場所で標識調査を継続し、なおかつ、周辺地区の集団ねぐらと連携して標識調査を実施することで、再捕獲率(移動回収率)を上げられる可能性があるのではないだろうか。

7.アルビノ個体の移動とツバメが集団ねぐらに集まる範囲

 ツバメがどの範囲から集団ねぐらに集まるかの短距離の移動についての知見は少ない。アルビノは天然の標識個体として活用できる。アルビノについて2001年(発足前)と2003年の2例確認した。2001年の例ではアルビノが繁殖した巣が、アルビノの確認された日野用水堰上流の集団ねぐらから4.5km離れていることが特定された。このような事例と、多摩川周辺でのツバメの営巣密度とねぐら個体数、集団ねぐらの間隔等から推定すると、ツバメが集団ねぐらに集まる範囲は概ね5〜10km程度ではないかと推定された。

8.標識調査に期待すること

 ツバメは最も身近な鳥の一つであり、一般の人々の関心が高いにも関わらず、その生態にはまだまだ謎が多い。謎を明らかにするためには観察を主体とした調査だけでは限界があり、標識調査が果たす役割は大きいと考える。集団ねぐらだけでなく繁殖地での標識調査と連携することや、カラーリング等を利用することで一般の観察者と連携した調査を発展させていくことを期待したい。

参考文献
(財)山階鳥類研究所(2002),ツバメ:鳥類アトラス−鳥類回収記録解析報告書(1961-1995)p84-85
多摩川流域ツバメ集団ねぐら調査連絡会(2008),多摩川流域ツバメ集団ねぐら調査報告pp110

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