日本鳥類標識協会の2001年の全国大会は渡良瀬遊水地で開催されました。大会では「標識調査の意義について」をテーマに、公開シンポジウムがおこなわれました。ここでは、このシンポジウムの概略を紹介し、その内容を元に標識調査の意義についてまとめました。
公開シンポジウム「標識調査の意義について」
環境保全、自然保護が叫ばれる昨今、鳥類標識調査はますます重要な役割を担うと思われます。しかし、標識調査の知名度はまだまだ低い状況ですから、一般の方に理解、協力してもらうための努力も必要です。そのためにも、標識調査の現状と課題を整理し、積極的に保護活動に役立てていくべきだと考えます。今回のシンポジウムは、そのための方向性を探る機会としたいと思います。
趣旨説明 深井 宣男(日本鳥類標識協会)
講演1「渡良瀬遊水地での標識調査」
人見 潤 (日本鳥類標識協会・日本野鳥の会栃木県支部)
講演2「栃木県におけるオオタカおよびチョウゲンボウの調査・保護活動」
遠藤 孝一 (オオタカ保護基金・日本野鳥の会栃木県支部)
講演3「密猟防止のための識別マニュアル」
茂田 良光 (山階鳥類研究所)
講演4「標識調査と鳥類保護 -各国での事例-」
尾崎 清明 (山階鳥類研究所)
講演5「標識調査データの行政への活用」
奥山 正樹 (環境省自然環境局)
総合討論
鳥類標識調査の意義
標識調査とはどのような調査なのでしょうか。また、標識調査によってどのようなことがわかるのでしょうか。さらに、それがどのように鳥類の保護や環境の保全に役立つのでしょうか。ここでは、上記シンポジウムを元に標識調査の意義を紹介します。
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1.標識調査とはどのような調査かをみる 2.標識調査によってわかることをみる 2‐1.鳥の生態に関することをみる 2‐2.形態や分類に関することをみる 2‐3.地域の鳥類相の把握をみる 2‐4.モニタリングをみる 3.標識調査はどのように役立つのかをみる 3‐1.ある地域の保全のためにをみる 3‐2.ある種の保護のためにをみる 3‐3.密猟・違法飼育を防ぐためにをみる 3‐4.標識調査データの行政への活用をみる 3‐5.他分野への貢献をみる 3‐6.環境教育への活用をみる |
1.標識調査とはどのような調査か
春になると我家の軒下にやってくるツバメ。糞には多少迷惑しながらも、ほほえましい子育てを観察できて飽きません。毎年繰り返される当たり前の光景ですが、毎年同じ個体が同じ巣に戻ってくるんでしょうか? 我家から巣立った雛たちは、どこへ行くんでしょうか? そんな疑問に、科学的な答えを出してくれるのが標識調査です。
標識調査とは、鳥を捕獲して足環などの「標識」を付けて放し、観察や再捕獲によって、その個体のその後の生活を追跡する調査です。基本的には、通し番号が刻印された金属リングを足環として付けますが、対象となる鳥の種類と調査の目的に応じて、カラーリング・カラーフラッグ・首輪・タグ・発信機などが付けられることもあります。金属リングの場合は、どこかで回収(再捕獲され、または事故や寿命で死んだ鳥が拾得され、番号が読まれること)されると、その番号から、その個体が「いつどこで放鳥された何という鳥で、放鳥時の性別と年齢はどうだったか」ということがわかる仕組みになっています。
鳥が暴れてケガをしないように持ち、専用のプライヤーで足環を付けます(左)。
足環は鳥の大きさによって何種類もあります(右)。番号が刻印されているのが見えます。
標識が付いた鳥を見つけたらご連絡ください!
2.標識調査によってわかること
前述のように、標識調査は鳥を捕獲して標識(足環・首環・タグ・発信機など)を付けて放します。付ける標識は、対象となる鳥の種類と調査の目的に応じて異なりますが、確実に個体識別ができるという点が、他の調査方法と大きく異なる特徴です。ではこれによって何がわかるのでしょうか。
2-1.鳥の生態に関すること
ある鳥を保護するためには、その鳥の生態を把握しなければなりません。例えば、繁殖地と越冬地・渡りの中継地などがわからなければ、どこを保全すればいいのかわかりませんし、繁殖開始年齢や生存率・野外での寿命なども、保護のために欠かせない情報です。
ある場所で標識放鳥された鳥が、他の場所で回収された場合、その個体の移動とそれに要した時間がわかります。その記録が積み重ねられると、繁殖地と越冬地の関係や、渡りの重要な中継地などを地図上に表すことができます。また、性別や年齢による渡りの時期やルートの相違、天候との関係、回収されるまでの時間が最も長い記録からその種の野外での寿命などがわかります。標識調査は、これらの生態に関する科学的データを得るために有効な方法なのです。
○標識調査によって得られるデータの例
・各繁殖個体群の繁殖地と越冬地、渡りの中継地の関係
・渡りの時期や速度、天候条件との関係、渡りの性差
・幼鳥の分散、新天地への定着のしくみ
・生存率・野外での寿命、繁殖開始年齢
2-2.形態や分類に関すること
世界的に広く分布する鳥でも、よく調べると少しずつ違いがあり、亜種とされることがあります。中には、この違いが大きく、新たに別種であると認められることもあります。別種であればもちろん、亜種の場合も、その地域ごとに保護策を講じていかねばなりません。保護のためにも重要な研究分野です。これらの研究には、囀りなどの生態的な違いのほか、各部の測定値や羽色の違いなどの形態的違い、最近ではDNAが利用されています。これらの資料は、鳥を捕獲しなければ得られないため、標識調査が重要な機会になります。
○標識調査によって得られるデータの例
・種や亜種の識別、年齢・性別の判定基準に関する資料
・換羽や体重変化など生理学的な資料
・羽毛や血液(→DNA)のサンプル収集
2-3.地域の鳥類相の把握
ある地域にどのような鳥が生息しているのかを調べることは、その地域の保全を考えるうえで基本的な調査事項です。野外での識別が困難な種(たとえばジシギ類)や、潜行性・夜行性で野外での観察そのものが困難な種(たとえばセンニュウ類)の記録に、標識調査は大きな力を発揮します(ただし、捕獲しにくい鳥の場合は、標識調査では記録されないことが多いので、調査の精度を上げるためには、センサスなどの観察と標識調査を併用して実施する必要があります)。
○標識調査によって得られるデータの例
・潜行性・夜行性の種、野外識別が困難な種(亜種)の把握 → 日本新記録の種(亜種)など
2-4.個体群動態のモニタリング
ある種が増えているのか減っているのかは、保護を考えるうえで重要な情報です。もちろん観察によってその増減を知ることもできますが、決まった場所で決められた方法で継続的に標識調査を行うことで、見過ごされがちな普通種の個体数の変化を把握することができます。また、各地の生息状況を比較することにより、ある種の分布拡大や縮小を知ることもできます。
○標識調査によって得られるデータの例
・観測ステーションでのモニタリング、全国の放鳥数などから、各種の個体数変動を把握
・各種毎の分布や、その拡大・縮小の把握
3.標識調査はどのように役立つのか
標識調査で得られた資料は、鳥類の保護や環境の保全にどのように役立つのでしょうか。ここでは、いくつか具体例をあげて紹介します。
3‐1.ある地域の保全のために
関東地方北部に、栃木県・茨城県・群馬県・埼玉県の4県にまたがる渡良瀬遊水地という広大な湿地があります。33k㎡におよぶこの湿地は、数年前までは、いろいろな形で何度も開発が計画されてきました。現在は、これらの開発計画は中止され、国土交通省も湿地再生計画を進めるなど、この湿地を保全する方向へ大きく転換しています。さらに、ラムサール条約登録湿地へ向けて、地元の保護団体がさまざまな活動を繰り広げています。地元の保護団体の地道な活動が実を結んだわけですが、この時に、この湿地の重要性を科学的に示すデータの一つとして、鳥類標識調査の資料が用いられました。間接的ではありますが、保全に役立ったわけです。
3‐2.ある種の保護のために
栃木県では、地元の保護団体によって、オオタカとチョウゲンボウの保護活動が行われています。生態系の頂点に位置し、保護の象徴のように取り上げられることも多い猛禽類ですが、その生態がわからなければ、何をどう保護すればいいのかわかりません。オオタカでは、発信機を付けることで、成鳥や幼鳥の行動圏、季節的な移動、餌の量など、保護に必要な事項が調べられています。また、チョウゲンボウでは、巣内雛に環境省の金属リングとカラーリングを付して、巣立ち後の行動を追跡しています。これらの種では、標識調査の資料が、直接その種の保護に役立っています。
3‐3.密猟・違法飼育を防ぐために
野鳥を捕獲・飼育することは、特別な例を除いて許可されていません。しかし、減ってきているとはいえ、現在でも密猟や違法飼育があとを絶たない現実があります。密猟され、違法飼育されている鳥は、それが国産の鳥であることを証明しなければ、違反者を検挙することができません。鳥類標識調査の資料によって、輸入鳥(外国産)と密猟鳥(日本産)の識別が可能になってきました。密猟・違法飼育の多い、メジロとウグイスについては、環境省によって識別マニュアルが作成され、実際の検挙に役立っています。今後も、他の種についてマニュアルが作成される予定だそうです。
3‐4.行政への活用、国際協力
鳥類標識調査は、環境省が山階鳥類研究所に委託して実施している調査です。全国には、約420人のボランティアによる協力調査員がいて、各地での調査結果は研究所を通じて集積されています。これらの資料のほか、個体数が少なく、緊急に保護対策が必要な種の生態解明にも標識調査が活用されています。また、長距離を移動する渡り鳥の保護には、国際的な協力が必要になります。特にシギチドリなどでは、カラーリングやフラッグを利用することで、一般の方の協力も得られ、大きな成果が得られています。
3‐5.他分野への貢献
鳥を捕獲するという標識調査の特性を生かして、伝染病や寄生虫など、他分野の研究へのデータやサンプルの提供を行う場合もあります。今後は、連携が重要になってくる分野だと思われます。
3‐6.自然教育・環境保全活動への活用
自然とのふれあい、環境教育の重要性が指摘されています。学校では総合的な学習の時間(いわゆる総合学習)が取り入れられ、一つのテーマについていろいろな角度からのアプローチを行うようになりました。野鳥は身近な自然の一部として、教育現場でも取り上げられることが多い題材ですが、動きが速いものも多く、小学生などには観察そのものが容易でない場合も多いようです。標識調査の見学は、野鳥をより身近に感じてもらう良い機会かもしれません。また、野鳥を身近に感じることが地域の環境保全の意識へ結び付き、実際に効果をあげている実践例もあるようです。
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標識調査は、環境省が山階鳥類研究所に委託して実施しています。また、全国には約420名の協力調査員(ボランティアバンダー)がいて、日本各地で標識調査を実施しており、調査結果は山階鳥類研究所に集約され、解析されています。
標識調査についてもっと知りたい方はこちら(山階鳥類研究所のHP)
標識が付いた鳥を見つけたらご連絡ください!
このページは日本鳥類標識協会2001年全国大会(渡良瀬遊水地)の公開シンポジウムをもとに構成されています。
このページの文責:深井宣男(日本鳥類標識協会)