報告 カムチャツカ日露共同標識調査結果(1999年秋) バンダーニュースNo.18をもとに作成

千葉 晃・武田由紀夫・三原 学・河邊久男・神谷 要


 日本鳥類標識協会主催の日露共同標識調査(第3回)が1999年8月23日から9月6日の日程でロシア共和国カムチャッカ州で実施された。このプロジェクトは日本自然保護協会から助成金(プロ・ナトゥーラ・ファンド)を得て、第1回調査(1997年:参加者 梶田)、第2回調査(1998年:同 須川ら7名)に引き続いて行われたものである。
 日本からの参加者は第2回調査時より2人少ない5名(鳥取県、福井県、静岡県、千葉県および新潟県から各1名)であったが、この内2名は昨年参加した経験者であり、しかもこれまでの経験や情報が須川氏のレポートを通じて事前にかなり得られており、出発直前まで手紙やEmailで連絡を取り合い、また,ロシア側の好意的な協力もあって円滑に調査を進めることができた。
今回の調査のねらいは、同一調査地で時期を昨年より約半月早めて作業を行い、冬鳥(例えばオオジュリンやカシラダカなど)を含む小鳥類の渡りの様相について基礎的な知見を積むことにあった。すなわち、第2回調査(9月5日〜17日)と較べて鳥相や各種の個体数にどのような変化が見られるのか? また、昨年日本との往来が初めて明らかにされたオオジュリンについて、更にそれを補強する資料が得られるのか否かも見極める必要があった。また、極東におけるメボソムシクイの亜種問題や性判定に役立つ資料を得ることも大きなねらいであった。第3回目を迎えたこの調査のねらいや、こちらの事情を十分承知しているロシア科学アカデミー・カムチャッカ生態学研究所のユーリ・ゲラシモフ博士らの全面的な協力が得られ、所期の目的を達成して無事帰国することができた。
 実際の標識作業で昨年と大きく変わった点は、まずリングの使用とオリジナル用紙への記入方法がロシアのシステム(正確にはニコライ・ゲラシモフ博士のシステム)ではなく、我々が日本で日常用いているシステムで行われたことである。これは日本側グループにとって大助かりで、少ない人数で作業効率を上げることに大いに役立った。つぎの点は、これまで調査を行っていたエリゾボ(ゲラシモフ博士が主催するシジュウカラガン増殖施設の所在地)で作業をしなかったことである。さらに今回は、ロシア側スタッフがもっぱら調査のサポート(キャンプ生活の維持)に当たり、日本側チームは標識作業に専念する分業化が進んだことである。
 実際の調査活動は1999年8月26日から9月4日まで10日間にわたり、州都ペトロパブロフスク市から約185km離れたビストラーヤ川源流域(53°55’ N, 157°42’ E)で毎日行われ(写真1〜3)、天候にも恵まれて31種1,747羽(リングを付けないで放鳥したコガラ345羽を含む)を標識・放鳥することができた(表1 略)。個体数の最も多かった種はカシラダカ(490羽)であったが、昨年の放鳥数(810羽)に較べて明らかに少なく、しかもその多くが幼鳥でまだ幼羽の残る個体が多く、成鳥も換羽中の個体が目についた。つまり、本種の渡りはまだ初期の段階にあるものと思われた。
 一方、オオジュリンは昨年より少し多い153羽が新放鳥された。本種もカシラダカと同じく幼鳥が多く、幼羽の残っている個体が目についた。特筆すべきことは、昨年に引き続きJapanリングの付いた本種の成鳥3羽を回収できたことである。捕獲されたごく少数の成鳥の中に3羽もの標識個体(日本で越冬した個体)が含まれている点は注目すべきであり、我が国に飛来し、越冬するオオジュリンのかなりの部分がここカムチャツカを生誕地ないしは中継地としている可能性が一層強くなったものと考えられる。本種リカバリ−3羽(いずれも雄成鳥)の放鳥データは帰国初日に山階鳥類研究所標識調査室より調べていただき、02L-98342は1998年11月30日に愛知県西尾市で倉橋義弘氏が放鳥、02L-34636は1997年10月25日宮城県遠田郡で中塩一夫氏が放鳥、また02M-55295は1998年11月4日鳥取県米子市で市橋直規氏が放鳥したものであることがわかった。
 コガラの多かったことも今年の特徴で、地元研究者によれば個体数の年変動はかなり大きいという。本種については、慣例によりリングを装着せずに尾羽に番号を記入した後放鳥する方法を取った。メボソムシクイは185羽の新放鳥のうち大半が幼鳥で、成鳥は数羽に留まった。幼鳥はすべて換羽を終了しており、腹部や下面は淡黄色のものが多く、黄色味の強い個体も少し認められた。本種については無作為に100羽を選んで細部について計測を行い、45羽から少量の血液を採取した。これら血液サンプルは計測値と共に亜種および性判別のため、今後立教大学と日本歯科大学で分析される予定である。
 シマゴマ、コアカゲラ、ムジセッカ、オジロビタキ、エゾビタキ、シマセンニュウなどは昨年の9月上・中旬より明らかに多く、一方ビンズイ、タヒバリ、ルリビタキ、マミチャジナイなどは少なかった。鳥種によって移動の時期が異なることを示す結果と考えられる。昨年捕獲されたツツドリ、ハイタカ、キンメフクロウ、キアシシギ、イソシギは今回記録されなかったが、代わってカッコウ、ツメナガセキレイ、シマゴマ、ゴジュウカラ、シメ、ホシガラスが今回新たに記録できた。(表-1)。なお、片岡宣彦氏から依頼のあったシラミバエの採集は三原氏のご努力によるところが大きかった。
 キャンプ最終日はユーラ博士、リーダ姉妹それにライフル携帯で我々をエスコートしてくれたセルゲイ氏(狩猟監視官)を囲んで楽しい「交流」が行われ、語り尽くせない自然の美しさ、それにヒグマの訪問と共に忘れがたい思い出となった。この調査に参加する機会を与えて頂き、その準備段階からいろいろご教示下さった山階鳥類研究所標識研究室長の尾崎清明氏、龍谷大学の須川恒氏他関係各位に厚く御礼申し上げる。

写真1.調査地(ビストラーヤ川河川敷の草地
    と疎林)の風景

写真2.網場の様子(疎林と草地の境界に張られた網と張り棒に注意)

写真3.カッコウに標識を付けながら話し合うニックさん(N.ゲラシモフ博士,右)と武田由紀夫さん()
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