2011大会要旨14

1961〜1971年の標識調査情報のデータベース登録とツバメに着目した活用例
出口智広・吉安京子・尾崎清明(山階鳥類研究所)

 山階鳥類研究所は、1961年から標識調査に携わっており、現在に至る計50年間に国内で得られた計409種・470万羽の調査情報を管理保有している。そのうち、1972 年以降の情報は、環境庁(省)の委託事業として収集したものであるが、1961?1971年の情報約15万羽は、林野庁、米軍の支援を受け、山階鳥類研究所が主体となって集めたものである。
 地球規模の気候変動に注目した場合、急速な温暖化は1960年代以降から進み始めた(Hansen and Lebedeff 1987)。これとは別に、生態系を広範囲に変化させる主要因として、エルニーニョ・南方振動などの大気と海洋が連動して変動する現象は、約50年周期で振動し、近年では1970年代中期を境に大きくシフトした(Stenseth et al. 2002)。このような地球規模の気候変動が鳥類の渡り・繁殖に及ぼす影響の有無は、ヨーロッパや北米に生息する種について数多く報告されているが(Cotton 2003, Huppop and Huppop 2003, Crick 2004, Marra et al. 2005)、アジアにおける報告は著しく乏しい(Primack et al. 2009)。
 上記理由により、現在の情報との比較において、国内における1961〜1971年の標識調査情報の学術的価値は高い。しかしながら、この期間に集められた約15万羽の情報は、紙媒体のままの保管が利用を妨げ、その価値が十分発揮されていなかった。そこで、当研究所では、文部科学省の科学研究費事業「山階鳥類研究所データベースシステムの構築と公開」の一環として、上記情報をデジタル化し、情報公開に向けたデータベース登録を進めている。
 本研究は、地球規模の気候変動が生じたこの40年の間に、日本に飛来する夏鳥の渡り・繁殖の変化が標識調査結果に見られたかを調べることを目的とし、夏鳥の代表例としてツバメを選び、上記事業でデジタル化した1961〜1971年の11年間(以下、40年前)のデータと、すでにデジタル化されている2000〜2010年の11年間(以下、現在)のデータを比較した。
 成鳥の日別放鳥数の累積頻度分布を調べた結果、放鳥数が急増する時期は、40年前では5月頭だったが、現在ではそれより半月ほど早かった。また、放鳥数が急減少する時期は、両期間ともに9月中旬に見られ、40年前では、越冬中と思われる個体が捕獲放鳥された後の11月中旬にも減少時期が見られた。冬期(11月?3月)を除いた平均放鳥日は40年前(7月28日)に比べ現在(7月4日)が有意に早かった(t-test, t=14.97, P<0.01)。
 幼鳥の日別放鳥数の累積頻度分布を調べた結果、営巣地付近と判断される場所では、40年前の放鳥数は5月中旬に増加を始め、6月中旬に急減する傾向が見られた。一方、現在の放鳥数は、2?3月に越冬中と思われる個体が捕獲放鳥された後、5月中旬と7月中旬に急増し、8月下旬に急減する傾向が見られた。冬期を除いた平均放鳥日は、40年前(6月9日)に比べ現在(7月12日)が有意に遅かった(t-test, t=7.30, P<0.01)。一方、湿生草地と判断される場所では、40年前と現在はほぼ同じ分布となり、7月中旬に急増し、9月中旬に急減した。冬期を除いた平均放鳥日は、40年前(8月13日)に比べ現在(8月16日)が有意に遅かった(t-test, t=16.75, P<0.01)。
 湿生草地と判断される場所で6〜8月に捕獲放鳥された幼鳥と成鳥は、40年前では8389羽と1029羽、現在では23342羽と4045羽で、統計的には有意な違いが認められたが(χ2-test, χ2=87.12, P<0.01)、割合の差はわずかだった(40年前:89%・11%, 現在:85%・15%)。


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