栃木県那須野が原におけるケリの移動について
河地辰彦(栃木県)


1. はじめに
 生物にとって個体群の著しい減少や地域的な隔離は遺伝子の多様性を画一的なものとするため、環境変化等に対応する能力が減少し個体群を存続する事が出来なくなる危険性をはらんでいる。遺伝レベルでの多様性の確保は、生物多様性を保全する上で重要な課題の一つと言われている。栃木県内のケリについて言えば、生息分布は限られており「RDBとちぎ」によると、主に県北の那須野が原に局地的に生息していることが知られている。那須野が原で毎年繰り返し繁殖するケリの営巣地はこれまでに5ヵ所わかっており、お互い直線距離で数キロから十数km離れている。これらの営巣地では毎年数つがいが繁殖しているが個体数は他種に比べて極めて少ない。これらの個体群が互いに遺伝的交流持っているのかどうかはこれまで調査されておらず不明であった。
 報告者は、2006年から那須野が原で繁殖するケリの標識調査を行なってきたが、今年の繁殖シーズン中に、生まれた営巣地とは別の営巣地で繁殖した個体を観察した。また、前年の営巣地とは別の営巣地で繁殖した個体などを観察したので報告する。

2. 調査地
 栃木県・那須野が原(4万ha)の大田原市内および那須塩原市内に点在するケリの営巣地5ヶ所である。そのうち、4ヶ所の営巣地は工業団地内の緑地帯や空地で、残りの1ヶ所は水田地帯である。営巣地間の直線距離は近い所で約3km、遠く離れている所で約15kmである。

3. 調査方法
 捕獲は、巣にBowトラップ(小型の無双網)を仕掛け親鳥が抱卵に戻ったところを捕獲している。捕獲の際には巣の位置を携帯電話のGPS機能を利用して測地している。測地系はWGS84で誤差は公称50m未満である。
報告者はケリの個体識別のため標識リングの他にA.C.HUGHES社のFlat Bandカラーリングを3個取り付けてきた。2006年の繁殖期から今年の繁殖期までの3年間で成鳥26羽、ヒナ7羽にカラーマキングして放鳥し、その後の行動を追跡した。

4. 調査結果
2007年以前に新放鳥した22羽の内、今年、那須野が原の営巣地で観察された個体数は16羽で、同一営巣地へ帰還した個体は14羽(63.6%)、別の営巣地で繁殖した個体は2羽(9.1%)であった。行方が不明な個体は6羽(27.3%)であった。
 以下に特筆すべき観察事例を上げると
事例1 ’06年に野崎工業団地内で産まれたヒナが、今年、約15km離れた品川台工業団地内で繁殖した。
事例2 ’07年に湯津上の田んぼで営巣した成鳥♂が、今年は、’07年に品川台工業団地内で営巣していた成鳥♀と新たにつがいとなり品川台工業団地内の空地で繁殖した(この個体は前年のつがい相手とは別の個体とつがいになった)。
事例3 大田原市湯津上で放鳥した個体が茨城県取手市藤代まで約100km移動して’07年9月初〜’08年2月末まで越冬した。その後、’08年3月中旬に湯津上の営巣地へ帰還して繁殖した。
事例4 ’07年と’08年に品川台工業団地で産まれた2個体が’08年8月30日に湯津上の田んぼで湯津上群と一緒にいるところを観察した。

5. 考察
同一営巣地への帰還率が高いが、一部の個体では営巣地を変えたり、生まれた営巣地から別の営巣地へ移って繁殖活動を行なったものがいた。また、越冬地と繁殖地の間を約100kmちかく往復する個体がいた。これらの事から那須野が原に局地的に点在して繁殖する群れは遺伝的な交流を持っており孤立した個体群ではない。

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